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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)276号 判決 1983年2月10日

原告

宮崎崇

外2名

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、同庁昭和49年審判第9165号事件について昭和55年7月30日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告らは、主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは昭和45年12月26日名称を「ラテライト鉱石又はこれと類似の鉱石の処理法」(その後「鉄、ニツケル、コバルト等を含む合金の塩酸による溶解処理法」と変更した。)とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和45年特許願118757号)したところ、昭和49年10月8日拒絶査定を受けたので同年11月5日審判の請求をし、昭和49年審判第9165号として審理されたが、昭和54年8月7日昭和54年特許出願公告第22401号をもつて出願公告がされた。しかるところ、昭和54年10月5日特許異議申立があり、この異議申立により昭和55年7月30日「本件審判請求は成り立たない」旨の審決があり、その審決書謄本は同年8月13日原告らに送達された。

2  本願発明の要旨

ラテライト鉱石又はこれと類似のニツケル、コバルト、鉄を含む鉱石を石灰石、珪石と共にカーボンを加え加熱還元して得た合金或いはこれら金属を含む合金のスクラツプ等からこれらの金属の塩化物水溶液となす方法において、これら合金溶湯中に不純物として存在するアルミニウム、マグネシウム、チタンの全部及びシリコン、カーボンの大部を酸化して融剤として加えた石灰石、珪石と共にスラグとして除去して得たその溶湯を水中に滴下する等の方法で急冷し、ニツケル、コバルト、鉄等からなるシヨツト状金属塊となし、これを反応塔に充填し、塔内を70℃以上の温度に保ちつつ加熱塩酸を送入するか、又は塩素を極少量加熱塩酸と共に送入して、ニツケル、コバルト、鉄等を溶解して、これら金属の濃厚な塩化物水溶液として捕集することを特徴とする鉄、ニツケル、コバルト等を含む合金の塩酸による溶解法。

3  審決理由の要点

本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

ところで、昭和38年4月20日株式会社朝倉書店発行橋口隆吉編、金属工学講座3製練編Ⅰ、第197ないし198頁(以下「第1引用例」という。)には、溶鉱炉法によるフエロニツケルの製造が説明されており、鉱石を還元して得られた粗金属を転炉中で酸素ガスの吹込みにより不純物を除き、所要成分のものを水砕してフエロニツケルシヨツトとすることが記載され、特許出願公告昭和40年第8802号特許公報(以下「第2引用例」という。)には、ニツケル陽極中に均一に分散したNiOが腐食核となつて、局部腐食や不動態化を生ずることなく平滑に電解液(酸性)に溶解されることが説明されており(第1頁左欄)、また特許出願公告昭和38年第24201号特許公報(以下「第3引用例」という。)には、合金、スクラツプ、鉱石又はその半製鈹中に含まれる所要金属を塩化物として回収する方法が記載されており、その要点は、少なくともニツケル、コバルト、鉄、銅の何れか1種を含有する合金、スクラツプ、鉱石又はその半製鈹を耐酸性反応塔内に充填しつつ、該塔の下部から塩素或いは塩酸ガスと水蒸気の両者を送入し、50ないし200℃で該合金、スクラツプ、鉱石又はその半製鈹に該ガス体を接触反応させると共に該塔の上部から塩酸を流下させ、原料中に含まれる所要金属を塩化物溶液として抽出するというものである。

そこで、本願発明と各引用例記載の事項とを対比すると、本願発明も第3引用例の技術も共に反応塔に充填したニツケル、コバルト、鉄等を含有する合金等から、加温下塩酸処理を行つて所要金属を塩化物水溶液として回収する点で軌を1にするが、本願発明では抽出される原料として、予め溶解し酸素ガスを吹込んで含有されるAl、Mg、Tiの全部及びSi、Cの大部分を酸化除去し、溶湯を水中に滴下する等の方法で急冷して得られたシヨツト状の金属塊を用いるのに対し、第3引用例ではかかる原料に対する特段の処理について記載はされていない。ところで、第3引用例には、原料の粉砕は必要がない旨述べられている(第2頁左欄第10ないし13行)が、原料の粒径が小さく、表面積の大きいほど、反応液との反応量が大きくなることは化学工学操作における技術常識である。してみれば、本願発明のように第3引用例の抽出原料に比して反応表面積の大きいシヨツト塊を使用することには格別の発明力を要しない。また、本願発明におけるシヨツトの製造と第1引用例におけるシヨツトの製造とに何らの相違も認められないところであり、しかも第2引用例にはNi中に酸素が含有されることにより酸に対する溶解性が改善される旨の示唆がされているところからみて、本願発明あるいは第1引用例により得られるシヨツトの酸に対する溶解性が、内在する酸素により改善されるであろうことも容易に予測することができるものである。

したがつて、本願発明は第1ないし第3引用例記載の事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決取消事由

審決が次のとおり、本願発明と各引用例の技術内容との相違点を看過し、その進歩性を否定したのは判断を誤つたものであり、違法であつて取消されねばならない。

1 工程結合の困難性の看過

本願発明の特徴は、本願発明における酸素により酸化して不純物を除去した溶湯をシヨツト化したものが塩酸易溶性であるという事実の発見に基づいて、上記シヨツト製造過程と溶解過程とを結合した点にあり、これによりニツケル、コバルト、鉄などからなるシヨツト状金属塊が塩酸に易溶性となり、ニツケル、コバルト、鉄などの塩化物溶液として容易に回収することができ、その結果、それぞれの金属化合物ないしは金属として単離することができるという顕著な効果を奏するものである。

これに対し、第2引用例の技術は、ニツケル電極の平滑溶食に関するもので、ニツケル陽極中に少量の酸素が存在するとニツケルメツキの際にニツケル陽極が平滑にとけ、陽極の剥離脱落による損失がないというものに過ぎず、本願発明とは技術分野も異なり、技術課題、その奏する効果も全く異なつている。

従つてシヨツト製造過程に関する第1引用例、溶解過程に関する第3引用例の技術に第2引用例の技術をあわせても、本願発明の工程の結合は、容易に推考できるものではなく、その効果を予測することは到底できない。しかるに審決はこの差異を看過している。

第2引用例記載のニツケル電極は、デポライズド陽極であつて、その製造法は第2引用例1頁左欄下から12ないし10行の記載によればニツケルを溶解炉で溶解する際に酸化ニツケルNiOを添加するのである。そうすると1頁左欄下から10ないし7行記載のように酸化ニツケルは金属ニツケル中に均一に分散し、金属ニツケルと酸化ニツケルとの固溶体を形成する。このようにして製造されたデポライズドニツケル陽極は純ニツケル陽極の場合よりもまんべんなく平均して硫酸イオンの働きによつて溶ける(平滑溶食)ということだけであつて、塩酸に対し易溶性になるということではないのである。

元来鉄は酸におかされ易く、もちろん塩酸に対しては易溶性の金属である。ところがこの鉄にニツケル、コバルト等がはいり鉄、ニツケル、コバルト等の合金となると鉄までも塩酸に対し溶け難くなる。この傾向は鉄分が多くても同じである。本願発明の実施例についていえば鉄の含有量が80ないし90%であつてもニツケル、コバルト等の合金となると塩酸に溶け難くなる。この塩酸に対し溶け難い鉄、ニツケル、コバルト等からなる合金をいかにして塩酸に対し易溶性ならしめるかという課題の解決が、本願発明なのである。

このように、本願発明と第2引用例の技術とは全く異なるものである。

そして本願発明におけるシヨツト製造過程と溶解過程との結合により鉄、ニツケル、コバルト等からなるシヨツト状金属塊は溶湯中に僅かながら酸素が存在し、かつこの溶湯が水中に滴下され急冷されることにより製造されるのであるからこれら金属の結晶化が行われず、塩酸に対し易溶性になるのである。

もし、鉄、ニツケル、コバルト等からなる溶湯中に酸素不存在である場合、この溶湯を水中に滴下して急冷してもこれら金属の結晶化が行われ、鉄のような酸に対し容易にとける金属が存在しても塩酸に対し溶けにくくなる。

以上の通り鉄、ニツケル、コバルト等からなり、かつ酸素が存在する溶湯を水中に滴下して得たシヨツト状金属塊は塩酸に易溶性であるということは本願発明者が始めて見出したのであつて、第2引用例の記載からは予想し得るものでない。

2 シヨツト製造工程の相違点の看過

第1引用例のシヨツトの製造においては、溶湯に酸素を吹込んで鉄までも酸化除去しているのに対し、本願発明にあつては溶湯中の不純物を酸化除去するといつても鉄までも酸化除去するものではない。シリコンとカーボンが僅かに残る程度のマイルドな酸化であつて鉄はあくまで重要な資源として残している。その相違点を看過し、本願発明のシヨツトの製造工程と第1引用例のシヨツトの製造工程とに何らの相違も認められないとしている審決の判断は誤つている。

3 第3引用例と本願発明との対比上の判断の誤り

第3引用例記載の発明と本願発明との差異に関する審決の認定は認めるが、審決が「第3引用例には原料の粉砕は必要ない旨述べられているが、原料の粒径が小さく、表面積の大きい程反応液との反応量が大きくなることは化学操作における技術常識である。してみれば本願発明のように第2引用例の抽出原料に比して反応表面積の大きいシヨツト塊を使用することに格別の発明力を要するとは認められない」とした認定は誤りである。

そもそも本願発明の目的は、(a) ラテライト鉱石又はこれと類似の鉄、ニツケル、コバルト等を含む鉱石を石灰石、珪石と共にカーボンを加え加熱還元して得た合金溶湯或いはこれら金属を含む合金のスクラツプ等からの溶湯を酸化し、その酸化の程度は該溶湯中に不純物として存在するアルミニウム、マグネシウム、チタンの全部およびシリコンの大部分をスラツグの形態で、またカーボンの大部分をガス化して除く程度に行なうこと、(b) かくして得た溶湯を水中に滴下する等の方法で急冷し、鉄、ニツケル、コバルト等からなるシヨツト状金属塊となすことの、(a)(b)の各工程の結合によりシヨツト塊中のニツケル等の結晶化を防ぎ、もつてシヨツト塊全体を塩酸に易溶性に変えることにある。シヨツト塊の大小によつて塩酸に易溶性になるか否かという問題でない。本願公報4欄31ないし39行に記載のようにシヨツト塊の粒径が2cmかそれ以上のものが好ましいのである。シヨツト塊の粒径が最初から細かいと反応塔の上部から供給する塩酸の流れが悪くなり、新鮮な塩酸との接触が悪くなり、かえつてシヨツト塊の塩酸による溶解が妨げられるからである。

このように被処理物の粒径を小さくすればする程表面積が多くなるから塩酸による溶解作用が盛んになるという審決の考え方は本願発明の目的、効果を無視してなされた判断であり、誤りも甚しい。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認めるが、同4の主張は争う。

2  次のとおり、審決の判断は正当であつて、原告ら主張の違法はない。

1 工程結合の困難性について

第2引用例には、ニツケル電極に0.2%程度の酸素を含有させると、極板中に均一に酸化ニツケルNiO(この酸化ニツケルは加えられた酸素の一部がニツケルと反応して生成するものと推定される。)が分散して存在し、腐食核となり局部腐食が生じないため不動態化することがない旨記載されている。

この記載を「高純度なるが故に不動態化しやすい」及び「ニツケルをニツケルメツキの陽極として用いる場合は、電解ニツケルのように純度が高いとメツキ液に溶け難くなり、この状態を不動態化という」との他の記載を参照して解釈すると、ニツケル中に酸素が存在するとニツケルは酸に溶けやすくなることを明らかに示唆している。

第2引用例に記載の電解にあたつても電極は酸からなる電解液に一度は溶解するのであるから、酸素を含んだ金属が酸に溶解する点では本願発明と同一である。しかも、審決は、単に酸と接触した場合と、通電下で金属が酸に溶解する場合の溶解性の優劣を問題にしているのではなく、金属中に酸素が存在している場合と、含まれていない場合との溶解性の差を論じているのであるから、第2引用例の記載は単に金属を酸に接触させた場合の溶解性について充分なる示唆をあたえるものである。

第1引用例記載のフエロニツケルシヨツトについて、酸素含有量について記載されてはいないが、フエロニツケルシヨツトが酸素を含有することは、製練の最終工程が溶湯に対する酸素吹精であることから、酸素が残留することは自明のことであり、また、本願出願前より現在に至るフエロニツケル精練において、酸化精錬後、鋳造に先立つて、フエロシリコン、アルミニウム等の脱酸剤を用いて脱酸処理を施していることからも周知の事項である。審決では、第2引用例には、ニツケル中に酸素が存在すると、酸に対する溶解性が改善されることが示されており、それから、シヨツト中に酸素が存在すると、酸に対する溶解性が改善されることは予想できると審決は述べているのであり、いわば本願発明の効果が第2引用例の記載から予想できると述べているにとどまる。

したがつて、本願発明と第2引用例記載の技術との異同を論ずることは本来意味がない。

本件審決にあつては、本願発明におけるシヨツト状金属塊が酸に対する溶解性が改善されることが予見できることであると判断した第1の理由はシヨツト状金属塊の物理的形状(表面積が大であること)であり、第2に溶存酸素の点である。

原告は本願発明のシヨツト状金属塊が塩酸に易溶性になる理由として、溶湯中に僅かな酸素が存在し、その溶湯を水中に滴下し、急冷して製造したもので、金属の結晶化が行なわれないからであるという。

しかしこのような理由は上記述べた通り本願の出願当初の明細書には記載されておらず、昭和51年9月18日付け手続補正書で加入された事項である。しかも金属塊の結晶化の状態が塩酸の溶解性に与える影響は本願明細書の記載によれば推定の域をでない。そしてこの金属の結晶化には溶存する酸素も関与しているとされているのであるから、本願発明のシヨツト状金属塊が塩酸に対する溶解性の改善が一つには酸素の存在に基づくとしても不当ではないであろう。

以上の通り、本願発明のシヨツト状金属塊は、第1引用例記載のフエロニツケルシヨツトと製造原料、製造方法が同一であり、またそれらの組成、表面性状の点でも異なるところがない。そして第1引用例のフエロニツケルシヨツトにも少量の酸素が含まれていることはその製造方法から当然に理解できることである。また第1引用例のフエロニツケルシヨツトが塩酸に溶けやすいことはその表面性状や第2引用例の記載から容易に予想できることであるから、本願発明が第1引用例ないし第3引用例の記載から容易に発明をすることができたとした審決には違法はない。

2 シヨツト製造工程の相違点について

本願発明は、明細書中、発明の目的についての記載(特許公報第1欄)ならびに、特許請求の範囲に明記されるように、特に原料として、ニツケル鉱石として周知のラテライト鉱又は類似の鉱石と限定するとおり、抽出の主目的となる成分はニツケル及びコバルトであり、鉄はあくまでも副次的抽出成分と認められるが、抽出目的成分に鉄を加えた以上、鉄成分の酸化を避けることはきわめて当然のことであり、この際に、鉄の酸化損失(スラグ化)を防ぐために、吹錬温度における易酸化性が鉄よりも大きい珪素及び炭素を溶湯の精錬度合を探る指標に選ぶことは、吹錬目的(鉄、ニツケル、コバルトを溶解抽出成分として残す)に応じた必然的な限定であり何ら発明力を要するものではないから、本願発明と第1引用例との間には、鉄、ニツケル、コバルトよりなるシヨツト状金属塊の製造法として、プロセス的にも、製品であるシヨツト状金属塊としても、審決記載のとおり差異は存在しない。

3  第3引用例と本願発明との対比について

化学反応において、表面積が大きい程反応液との反応量が大きくなることは、審決記載のとおり技術常識であり、この技術常識を前提として、同一サイズであれば、表面が凹凸状であるシヨツト状塊の反応面積が、シヨツト状でないものに比較して大きいから、シヨツト状のものは反応液との反応量が大きいことは自明のことである。

そして、前期1で述べたとおり、ニツケル中に酸素が存在すれば酸に対して溶解しやすくなることも予想しうることであるから、本願発明は、何ら予期しえない効果を奏していない。

したがつて、審決が、本願説明は各引用例記載の事項にもとづいて容易に発明をすることができたものと判断したことに誤りはない。

第4証拠関係

本件記録中書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで審決取消事由の存否について検討する。

原告らは第2引用例の技術はニツケル電極の平滑溶食に関するもので、本願発明とは技術分野も異なり、技術的課題も全く異つているから、これに第1引用例、第3引用例記載の技術をあわせても、本願発明における工程の結合が容易に推考できるものではないと主張する。

成立について争いのない甲第14号証によれば、第2引用例の発明は、ニツケルの電気メツキをする際の陽極をどのような組成のものとすべきかということに関するものであるところ、その発明の詳細な説明の欄に、「ニツケルをニツケルメツキの陽極として用いる場合は電解ニツケルのように純度が高いとメツキ液に溶け難くなり、この状態を陽極の不動態化と言う。この場合、メツキに支障をおよぼさない不純物をわざわざ添加してやると不動態化が防止できる。この意味でニツケルを溶解炉で溶解する際に酸化ニツケルを約0.2%添加したものがデポラ陽極であり、けい素と炭素をおのおの0.2%程度加えたものがカーボナイズト陽極で、いずれも不動態化がなく、平滑溶食することが特徴である。」(同欄29行ないし38行)との記載があり、また、デポラ陽極の項には、「電解ニツケルの欠点であつた局部腐食と不動態化を改良したものがデポラ陽極であつて、純ニツケルを適当な溶解炉によつて溶解後、少量の酸素(0.2%)を含有せしめ、鋳造、圧延した陽極である。この場合は極板中に均一に分散したNiOが腐食核となり、局部腐食を生じないため、不動態化することなく、平滑にとけ、剥離脱落がない。」(同号証1頁左欄28行ないし35行)と記載されていることが認められる。上記事実からすると、第2引用例の関する技術分野は、ニツケルの電気メツキの分野であり、その発明は、高純度のニツケル陽極において、局部腐食の進行によりニツケル陽極の一部が剥離脱落してスライムとなり、ニツケル陽極が有効にメツキ成分とならないという従来技術の有する欠点を改良し、高純度ニツケル電極が局部腐食をおこさず、平滑に溶解するようにすることを目的とし、純ニツケルに極く少量の不純物を添加することによりこれを解決しようとしたものであることが明らかである。

これに対し、成立に争いのない甲第2号証によれば、本願発明は、「ラテライト鉱石又はこれと類似の鉱石、すなわち少なくとも鉄、ニツケル、コバルト等を含む鉱石を還元して得た金属塊その他これらの金属を含む合金のスクラツプ等を原料にして塩酸により溶解して高濃度の塩化物水溶液とする方法に関するものであ」り、「その目的とするところは、塩酸等によつては容易に溶解しないニツケル、コバルト等を含む合金を塩酸に易溶性ならしめるよう処理すると共に、コバルト、ニツケル等の分離抽出が容易な塩化物水溶液を提供しようとするものであ」つて(1欄下から11行ないし同1行)、ニツケルメツキの陽極としてのニツケル陽極が平滑に溶けるようにするための第2引用例の技術とは全く異質のもので、本願発明と第2引用例の技術とは、その解決すべき課題も、目指す効果も相違するといわねばならず、第2引用例の記載を根拠として、第1引用例によつて得られるシヨツトの酸に対する溶解性が、内在する酸素により改善されることが示唆されるとして、本願発明が第1ないし第3引用例の記載に基づいて容易に発明することができたとする審決の判断は誤つているものといわなければならない。

被告は、第2引用例はニツケル中に酸素が存在するとニツケルは酸に溶けやすくなることを示唆していると主張するが、第2引用例は単なる溶解性の向上に関する技術ではなくニツケル電極の不動態化部分と局部腐食部分の発生を防止することにより均一に電極金属を溶解させるための技術であり、特にその対象とする金属は高純度ニツケルであるのに対し、本願発明は少量の残留酸素のほかに、鉄、コバルト等の多量の不純物を含有する純度の低いニツケルを対象とするものであるから、仮に第2引用例が、ニツケル中に酸素が存在するとニツケルは酸に溶けやすくなることを示唆しているものとみても、この示唆から本願発明のように、ニツケル、コバルト、鉄等からなるシヨツト状金属塊を酸に対して易溶性にするという技術に相当することが容易であるとすることはできない。被告の主張は理由がない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告らの本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用し、主文のとおり判決する。

(高林克巳 楠賢二 舟本信光)

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